目に見えないところに工夫が
約三五年前に、イタリアのカッシーナ社か
ら発売された「キャブ」は、洗練されてシン
プルな形をもつうえに、つくる上でも合理的
によく考えられています。発表されたときに
は、世界中のデザイナーが「やられた」と思
ったはずです。
二〇年以上前、マリオーペリーニさんが来
日した折に話を聞いたところ、この椅子はエ
ジプトのファラオの椅子からヒントを得たと
いっていました。私もとても美しい、いい椅
子だと思っていましたし、日本でライセンス
契約を結び生産販売されることになった初期
の頃、その製造に深くかかわりました。そう
いう点でも、身近に感じられる椅子のひとつ
です。
この椅子はタンニン鞣の革(ヌメ革)を、
スチールフレームの上に縫製してかぶせてあ
ります。四本の脚の内側にはファスナーが付
いています。最後にそこを閉めて形を完成さ
せるためです。手縫いではきれいに仕上がら
ない。そこであらかじめファスナーを付けて
あるというわけです。ファスナーを見て、着
せ加え(カバリング)ができると勘違いする
人もいるようですが、これはあくまで製造工
程上の工夫です。
ファスナーの部分以外は、革を縫合わせて
あります。かなり力のいる作業ですが、イタ
リアでは、女性が軽々とやっています。この
縫製は「型どり」がきちんとしていないと、
うまくいきません。日本でライセンス生産を
始める前に、マテオグラッセ社というカッシ
ーナ社の下請をしていた会社で、一週間ほど
研修をしてきました。
こうした革を縫ったり、形をつくる技術は、
馬具づくりからきているものが大半です。ヨ
ーロッパでも日本でも、椅子張業の前身は多
く馬具屋です。そんなわけで、私も馬具には
興味があって、ミラノの馬具屋で四日ほど研
修したこともあります。そのときつくったの
が三八頁下の写真のものです。のちにキャブ
の製造に携わるとき非常に役立ちました。
キャブの中身のスチールパイプは、単に芯
になっているだけでなく、この脚の内側、特
に座面とぶつかる前脚のところに細かい工夫
がしてあります。四二頁の写真のように、U
字形のパイプをつくり、強度を必要とする足
との接続の四隅は、筋交いで強度をもたせる
とともに、革のフォルムがきちんと納まるよ
うになっています。