【「椅子づくり百年物語」
( O M 出版)宮本茂紀著より】
誰にも考えつかない愛らしさ

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【「椅子づくり百年物語」( O M 出版)宮本茂紀著より】誰にも考えつかない愛らしさ

 喜多俊之さんといえばウインクチェアー、
ウインクチェアーといえば喜多さんといわれ
るほど、この椅子はデザイナー喜多俊之の名
前と共に世界に知られています。ミッキーマ
ウスの耳のような形の、自在に動くヘッドを
もつ不思議に愛嬌のある椅子です。一九八〇
年の春にイタリアのカッシーナ社から発表さ
れ、今も同社の人気商品です。
 私か喜多さんと知合ったのは、ウインクチ
ェアーが発表されてすぐ後。ある会社の商品
匯発を通して会いました。それから現在まで、
折に触れ、この椅子の話を聞いています。

耳が大きい動物みたいな、愛嬌のあるデザイン。
耳は自在に動くので、折畳むとさらに包まれたような安心感を得られる。
脚の部分を伸ばして、寝転がることもできる。
W780×D900~1350×H950 (SH380)
メーカー=カッシーナ社(伊)
デザイン=喜多俊之

老人から子供まで幅広く
喜多さんは、一九六一年にイタリアに渡りま
す。カッシーナ社の先代社長チェーザレーカ
ッシーナと出会うのが六九年。初めて仕事を
依頼されるのが七五年のこと。「東洋的な雰
囲気の椅子を」と期待されます。
 喜多さんは、ウインクチェアーの原型とも
なる粘土でつくった椅子の模型を、七二年頃
にはすでにつくっていました。フレックスー
ホームという会社に、プレゼンし試作もして
いたようですが、この会社はあまり興味を示
さず実現はしませんでした。その模型をカッ
シーナ社に見せたところから、ウインクチェ
アーの開発が始まります。当初の模型は現在
のものとは随分形も違うそうですが、当時カ
ッシーナにいたモデラーたちが、とても面白
がってくれたといいます。七六年のことです。
 ただ、同社がこの椅子の開発に躍起になり
だしたのは、二年後のことでした。ゆっくり
試作をしていたらしいのです。部品の調達に
時間がかかったということもあったようです。
それというのも、あの椅子は自動車のルノー
の部品を一部に用いているからです。材料は、
当時としては(イテクなものを使いたい、デ
ザインは老人から子供まで幅広い層に受け入
れられるものを、と考えたそうです。
服を着せかえるようにカバーが変えられて、
洗濯ができるというアイディアも、そんなと
ころからきているようです。
 七八年には現在の形がほぼできあがり、翌
年完成。完成したとき、社内でとても評判が
よく、これはすごい椅子が誕生したといウィ
ックチェアーを囲んでスクラムを組んで歌を
歌う騒ぎだった、というエピソードが残って
いるほどです。その年に社長のチェーザレー
カッシーナさんが亡くなります。喜多さんと
しても、ウインクチェアの生みの親を亡くし、
とても残念だったと思います。
そして八〇年、春の発表会だけでなく九月の
ミラノーサローネでもこのウィンクチェアー
は話題となり、お年寄にプレゼントしたいと
いう注文がたくさんきたそうです。ニューヨ
ークの建築家の間でも評判になりました。私
はといえば、雑誌を通してこの椅子を見たの
ですが、パンツをはいているような、水着を
着ているような、「これも椅子かなあ」と不

思議な思いをもったことを覚えています。
 思えば七〇年代の中頃、私もカッシーナ社
の工場へ毎年二週間ほどの単位で、三年くら
い研修に行っているのです。その頃わが国で
も、カッシーナ社の椅子を国産化して販売す
ることになり、その製作を依頼されての研修
だったのです。ですから工場のどこかで、ウ
インクチェアーを必ず見ているはずなのです
が、どういうわけか覚えていません。同じ頃、
ガエターノーペッシェがデザインした、アク
リルを流し込んだ前衛的なテーブルを同社で
試作しており、そのことは記憶しています。
いずれにしてもあの頃は、それまでとは違っ
た刺戟的な家具が続々と現れた、そんな時代
だったのです。そうした不思議な家具を見る
たびに、自分たちが遅れているのかなあと、
複雑な感じを抱いた時代でもありました。

あの耳のようなものは
 その後に喜多さんと知合い、歳月を経て、
ウインクチェアーに対する私の見方も変わっ
てきました。喜多さんに「あの耳のようなも
のは何ですか?」と聞いたことがあります。
あれがあると、横になったときに落ち着くと
いうことでした。実際、この椅子はとても坐
り心地がよく、くつろぐにはうってつけです。
耳を動くようにしておけば、邪魔なときに折
畳める便利さもある、ということでした。
 子供がいる家は特に、この椅子が一脚ある
だけで随分楽しいだろうと思わせるデザイン
の愛らしさ。同時にウレタンフォームを見事
に使った工業製品としての精度の高さ。これ
は充分に認めるところです。
 ウィンクチェアーは、パーツでつくって組
立てているし、座面はU字型になっているの
で、つくりはとても丈夫で、普通に坐る分に
は支障はないのですが、ウレタンを支えてい
るなかの金属がI〇〇ミリピッチくらいの格
子状になっているので、狭い範囲で力がかか
ると、そこに食い込んでいってしまうのです。
もっと細かい網の目のようなものにすれば完
璧だと思います。
 それから上張りを一度洗濯に出して、エラ
イことになった経験があります。クリーニン
グができるということは喜多さんからも聞い
ていたし、カッシーナにも確認して出したの

ですが、これが真黒になって返ってきたので
す。カバーの四隅に縫いつけてあるゴムが、
溶け出したために起きた事故でした。お客さ
んから預かっていたものだったので、弁償し
て張直しました。この経験から、ゴムではな
く合成皮革にしてはどうかと提案しました。
みんなと親しい
喜多さんは、デザイナーとしての才能の豊か
さと同時に、温かい人柄が感じられます。イ
タリアのカッシーナの工場でも「キータ、キ
ータ」と人気があって、おかげで同じ日本人
ということで、私たちが出かけて行ったとき
も歓迎してくれました。頑固な人が多いとい
われるモデラー・たちも、喜多さんの話をす
るとうれしそうでした。
 二〇年ほど前、イタリアの喜多さんのアパ
ートに泊めてもらったことがあります。その
町にある椅子屋さんに連れて行ってもらい、
何日か遊んできました。その椅子屋さんはリ
カルトさんというご主人と奥さんの二人だけ
でやっている店で、古典的な椅子のつくり方
で、張りや修理を行い、一緒にカーテンの縫
製も受けています。こういう場所では、言葉
がわからなくても、技術を通して交流ができ
るので、本当に楽しいものです。ここの奥さ
んは、喜多さんのことを「自分の息子」とい
うくらい、かわいがっていました。椅子屋さ
んだけではありません。近所の魚屋、八百屋、
町内のみんなと喜多さんは親しいのです。こ
ういう喜多さんの人柄に触れていると、ウィ
ンクチェアーのあの発想もうなずけます。デ
ザインは二の次なんじゃないかと思うくらい
(失礼)、使いやすさを優先した点や、誰に
も考えつかないあの形といい、喜多さんらし
さ、人間らしさに溢れた椅子です。

喜多俊之
昭和一七年(一九四二)~ プロダクト
デザイナー。大阪生れ。一九六九年より
イタリアと日本でデザインの制作活動を
始める。作品の多くは、ニューヨーク近
代美術館など世界のミュージアムにコレ
クションされている。各地の地場産業の
活性化にも携わる。大阪芸術大学芸術学
部教授。

エターノーペッシエPetano Pesce
一九三九~ デザイナー。イタリア生れ。
ベネツィア大学で建築を学ぶ。材料を斬
新に使った革新的な家具デザインで話題に。

耳が大きい動物みたいな、愛嬌のあるデザイン。耳は自在に動くので、折畳むとさらに包まれたような安心感を得られる。

「ウィンクチェアー」の私が作成した概略図。
(現行商品とは異なる)

- Company -会社概要

MINERVAの軌跡

“日本初の家具モデラー”の創業者の理念を受け継ぎ、
天皇陛下の玉座修復から西洋家具市場への発信まで取り組んでいます。

1966年8月、東京・品川区で創業した「五反田製作所」が前身のミネルバは、特注家具の製作や修繕を手掛けるプレミアム家具メーカーです。
世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ」への出展、大手自動車メーカーからの依頼によるシートの試作、一流ホテルやレストラン用、ヨーロッパハイブランド特注ソファの製作など、幅広い分野で豊富な実績を築いてきました。

沿 革

11月22日(木)放送予定のテレビ東京系「二代目和風総本家」の「皇室と職人~ニッポンが誇る最高峰の技~」では、天皇陛下の儀式用の椅子「玉座」の修復を手がけるミネルバの職人が紹介されました。

テレビ東京系「二代目和風総本家」公式ウェブサイト:
http://www.tv-osaka.co.jp/ip4/wafu/
https://twitter.com/wafusohonke

※写真:テレビ東京系列和風総本家より

創業者の宮本茂紀は日本初の“家具モデラー”として、世界的な建築家やデザイナーの作品を具現化してきた実績があります。

現在、代表取締役の宮本しげるが二代目家具モデラーとしてデザイナーやアーティストが起こすデザインやイメージ、想いを的確に読みとって実際の家具製作へと結びつけています。

※玉座の修復に取り組む初代モデラー
 創業者 代表取締役会長 宮本 茂紀(右) 黄綬褒章受章
 二代目モデラー 代表取締役社長 宮本 しげる(左) 東京マイスター受賞

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