平成七年に月刊誌『室内』の連載で、私は
以下のような文章を書きました。そのことを、
当時『室内』の編集兼発行人だった故山本夏
彦さんが『週刊新潮』に書いてくれ、それが
きっかけで、JRから呼び出されました。て
っきり叱られるのかと思い、腹をくくって出
かけたところ、その当時準備中の秋田新幹線
のシート開発に関わってくれないかという依
頼でした(詳しくは「あとがき」参照)。
あやしや人間工学
仕事で地方に出かけることが多く、その度に
新幹線をはじめ様々な電車に乗ります。職業
柄、その坐り心地がとても気になります。お
気付きの方も多いかもしれませんが、坐り心
地とひとくちにいっても、電車によって随分
違うのです。なぜでしょうか。私は常々不思
議でした。
新幹線ができたのは昭和三九年。その頃か
ら、「人間工学」という言葉をよく耳にする
ようになりました。人間工学とは、人が使う
機械や道具を、その心理的生理的特性に合わ
せて設計するための学問で、電車の座席にも
用いようではないかといわれ始めたのです。
あれから三〇年。本当に人間工学が生かさ
れ、研究と改良が加えられてきたなら、今頃
はかなり坐り心地のいい座席になっているは
ずなのに、現実はそうはなっていないのです。
私か体験したグリーン車の範囲のことでい
うと、最悪の坐り心地は山形新幹線「つばさ」
でした。普通に坐っているときはもとより、
リクライニングしたときも、椅子の前がへた
り、坐り心地に対する配慮があるとは思えま
せん。首をかしげたくなります。
あまりのことに私は座席の中身が知りたく
なり、ある日シートをはずして(簡単にマジ
ックテープで押し付けてあるだけ)調べてみ
ました。
平らなアルミ板のうえにスラブという、ウ
レタンフォームをパンみたいに切って貼り合
わせたものが載っているだけでした。これで
は坐り心地が悪いはずです。スラブは比重が
軽いのでヘタリやすいのです。台所で使って
いるスポンジ、あの上に坐っているようなも
のだといえば、わかりやすいでしょう。