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JR東日本 寝台特急「カシオペア」号 1999年4月

自動車・鉄道シート オーダーメイド

内装シート開発

alt="JR東日本寝台特急カシオペア"
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【「椅子づくり百年物語」( O M 出版)宮本茂紀著より】怒れ!旅する人々よ 電車のシート

 平成七年に月刊誌『室内』の連載で、私は
以下のような文章を書きました。そのことを、
当時『室内』の編集兼発行人だった故山本夏
彦さんが『週刊新潮』に書いてくれ、それが
きっかけで、JRから呼び出されました。て
っきり叱られるのかと思い、腹をくくって出
かけたところ、その当時準備中の秋田新幹線
のシート開発に関わってくれないかという依
頼でした(詳しくは「あとがき」参照)。

あやしや人間工学
仕事で地方に出かけることが多く、その度に
新幹線をはじめ様々な電車に乗ります。職業
柄、その坐り心地がとても気になります。お
気付きの方も多いかもしれませんが、坐り心
地とひとくちにいっても、電車によって随分
違うのです。なぜでしょうか。私は常々不思
議でした。
 新幹線ができたのは昭和三九年。その頃か
ら、「人間工学」という言葉をよく耳にする
ようになりました。人間工学とは、人が使う
機械や道具を、その心理的生理的特性に合わ
せて設計するための学問で、電車の座席にも
用いようではないかといわれ始めたのです。
 あれから三〇年。本当に人間工学が生かさ
れ、研究と改良が加えられてきたなら、今頃
はかなり坐り心地のいい座席になっているは
ずなのに、現実はそうはなっていないのです。
 私か体験したグリーン車の範囲のことでい
うと、最悪の坐り心地は山形新幹線「つばさ」
でした。普通に坐っているときはもとより、
リクライニングしたときも、椅子の前がへた
り、坐り心地に対する配慮があるとは思えま
せん。首をかしげたくなります。
 あまりのことに私は座席の中身が知りたく
なり、ある日シートをはずして(簡単にマジ
ックテープで押し付けてあるだけ)調べてみ
ました。
 平らなアルミ板のうえにスラブという、ウ
レタンフォームをパンみたいに切って貼り合
わせたものが載っているだけでした。これで
は坐り心地が悪いはずです。スラブは比重が
軽いのでヘタリやすいのです。台所で使って
いるスポンジ、あの上に坐っているようなも
のだといえば、わかりやすいでしょう。


 これがきっかけになって、他の電車もいろ
いろ調べてみました。東海道新幹線は同じく
スラブを使っているのですが、座面の底が平
らではなく「受ける形」になっているので、
多少へたっても腰が落ちるのを防いでいます。
 山形新幹線に比べたら、格段にいいのがJ
R九州です。新幹線ではないのですが、「特
急有明」はスプリングを使っていたり、ラン
バーサポートを押上げるレバーもついていた
り、到れり尽くせりです。「有明」に限らず、
九州方面の長距離電車は、質が高かった印象
があります。後で聞いた話では、JR九州は
内装を含め、水戸岡鋭治さんなどデザイナー
が、熱心に設計しているのだそうです。
 古い電車の座席はどうなっていたのか気に
なって、交通博物館へ行ってみました。昭和
四〇年代の修学旅行電車などを見ても、なか
なかよくできています。山形新幹線はそれよ
りもひどいのです。いったい人間工学は、ど
こへ行ってしまったのでしょうか。

日本工業規格によると
実は「のぞみ」の座席をひっくり返している
ときに、車掌さんに見つかって叱られました。
東京駅構内に早朝停まっている車両を選んで、
人目を避けてやっていたのですが、みつかっ
てしまったのです。「椅子をつくっている者
で、新幹線の座席ならさぞ坐り心地がいいだ
ろうと思って、研究のために見せてもらって
いる」と、半分うそをついて許可してもらい
ました。「ちゃちなつくりですね」と正直な
感想をいうと、軽量化するためにこういうつ
くりになっている、とその車掌さんはいいま
した。
 「そうすると、こんなに坐り心地が悪いの
は、スピードを優先するためで、いってみれ
ばそのために我慢していることになりますよ
ね」といったら、まあそういう部分もある、
というので、旅をするのはどういうことか、
というあたりにまで話は及びました。「じゃ
あ、もしリニアモーターカーなどができたら、
鉄板の上に坐ることになるのかもしれません
ね」と冗談をいったら「そうですね」と向こ
うも笑っていましたが、何だかがっかりした
ような気分でした。


修学旅行電車。懐かしい向きも多いだろう。意外に坐り心地がいい。

こうした車両にも「工業規格」があることに
気が付いて調べてみました。
 日本工業規格(JIS)の「鉄道車両旅客用
腰掛」の項によると、その材料は、
・下張り材――ビニロンターポリン、難燃性金
 巾またはJIS・L3405(ヘッシャンクロス)
 の難燃性のもの
・詰物――JIS・K6382(クッション用フォー
 ムラバー)の難燃性のもの、JIS-K6
 401(クッション用軟質ウレタンフォー
 ム)の難燃性のもの、JIS・A9508(牛毛
 フェルト)の2号又はヘヤロックの難燃性
 の詰物ということになっています。
 問題はその試験方法です。特に座荷重試験
は、座席の坐り心地を左右するので重要です。
JISでは次のような表記になっています。
 座荷重試験は図1によって、次のとおり行
い、腰掛の各部における変形及き裂の有無を
調べる。
(a)荷重は、旅客一人あたり980N (l
 OOkgf)の荷重を座布団に負荷する。
(b)荷重負荷位置は、座布団一人分の中心と
 する。
(c)荷重負荷方向は、垂直方向とし、図2に
 示す硬質木材の加圧板を用いてそれぞれ負
 荷する。
 右の項目のなかで、注目しなければならない
のは(b)の部分です。この試験方法でいくと、
中心にしか力を加えないわけですから、あくま
で座席の真中に坐った「正しい姿勢」を前提と
していることがわかります。けれども実際はど
うでしょうか。短い距離ならともかく、新幹線
などの長距離の場合は、寄りかかったり眠った
りもします。この試験方法では、そういう姿勢
は正しくないものとみなしていることになりま
す。
 この座荷重試験は「腰掛製造業者が新形式の
腰掛を設計する段階で行っている」という決ま
りになっています。当然こういう場合の業者は
入札で決まっているはずですから、安くつくる
ことを優先して、大事なことが省かれてしまう
可能性は大きいわけです。正しい姿勢で坐った
ときの中心部に関してのみ、何とか試験をパス
するつくりにして、あとは手を抜いてしまうこ
ともあり得ます。 


 肝心の「掛け心地」という項目の規定は、
「座ぶとん及び背ずりふとんは、たわみ具合、
柔らかさ、硬さの分布、表生地の感触が良好
でなければならない」という一行で片付けら
れています。これについては「掛け心地は、
旅客の旅行目的、乗車時間などに応じて、た
わみ具合、柔らかさ、硬さの分布などの要因
について区別しなければならないが、現時点
ではこれらの試験方法に適切なものがないた
め、本文のように官能的表現にとどめた」と
いう解説が付いているのです。
 電車の座席の構造の質は、どうやらこうし
た規定によるところが大きいらしいのです。
 たしかに、坐り心地というのは個人差もあ
りますから、これという規定を設けるのは難
しいことだと思います。けれども、逆にいえ
ば規定を設けられないようなものだからこそ、
おろそかにしてほしくないのです。発注者、
製造業者それぞれに都合があるでしょうが、
案外そうした部分が旅の印象を左右している
のですから、最大限の努力がほしい。
 乗客の方の意識はどうでしょうか。山形新
幹線に乗り込んできた牧師さんと話をしてい
たら、その人は坐り心地を考えてみたことは
なかったといっていました。ただ、背が低い
ので足掛けにうまく足が届かないということ
でした。こういう人は、もしかしたら多いの
かもしれません。正しい姿勢を長時間とるこ
とができる、若くて健康な人を対象に照準を
定めた座席は、高齢者や身障者にとってつら
いのではないでしょうか。利用者の側から、
もっと声があってもいいと思います。
 だから「つばさ」に乗る人は、怒ったほう
がいい。他の新幹線と同じ料金をとってあの
坐り心地とは、JRは「つばさ」に乗る人を
安易に考えているのではないでしょうか。山
形は家具の産地でもあるのですから、そんな
ことに目をつぶっていてはいい家具はできな
いぞ!と、私はひとり怒っているのです。

平成7年当時の、山形新幹線「つばさ」のシート。数ある電車のなかでも最悪の坐り心地だった。平らなアルミ板の上に、ウレタンフォームが載っているだけ。

同じ頃の東海道新幹線「ひかり」。底の板がパンチングメタルな分、通気なども考えていることがうかがえる。手前を少し持ち上げて、腰を受ける形になっているのも、「つばさ」と違うところ。

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