私たちは「製品企画開発共創企業」であり「空間創造共創企業」です 私たちは良いものを長くお使い頂く、SDGsの「つくる責任つかう責任」に積極的に取り組んでいます

慶応大学産学協同「ELiica」 2005年11月

自動車・鉄道シート オーダーメイド

シート開発

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【「椅子づくり百年物語」( O M 出版)宮本茂紀著より】乗り心地、坐り心地、そしてデザインヘ 自動車のシート

 一〇年以上前から、自動車メーカーからの
依頼で、自動車シートの開発に携わっていま
す。私自身、運転もします。若い頃は走るこ
とに興味があって、シートの坐り心地には関
心がありませんでした。やはり四〇歳を過ぎ
て、運転をしていて疲れを覚えるようになら
ないと、そこまで考えが及びませんでした。
 そういう視点で開発を続けてくると、時代
によって、また国によって、シートに対する
取組みが違っていることがわかってきました。

一〇種類ほど分解
 開発を始めて数年経ってから、研究のため
に、内外の「高級車」といわれる車種のシー
卜をI〇種類ほど分解したことがあります。
その国のものづくりに対する考え方が、よく
現れていることを実感しました。
 例えばキャデラック。いかにもアメリカの
つくり方で、シートはふわふわとしていて一
見豪華。けれど中身はウレタンの塊で大味、
粗雑でした。
 一方ベンツは、古い型も新しい型も、それ
ほどつくり方を変えておらず、コイルスプリ
ングを使い、パームロックと、それを成型し
たもので縁をつくった頑丈なものです。ウレ
タンも使っていますが、それはあくまで形を
整えるためです。体に当たるところの表面に
は、日本で「くろわた」と呼ばれる、古い布
を回収して再生したものを使っています。縁
を頑丈にしているのは、急ブレーキをかけた
ときの衝撃で、お尻がすべり出してしまうの
を防ぐためです。丈夫で安全なこと、そして
再生した材料や天然材料を使うという姿勢も、
ドイツ車らしい印象でした。
 わが国のトヨタの「セルシオ」は、コイル
スプリングを使っている点では、ペンツとよ
く似ていました。ただこのコイルがベンツよ
りも太くて柔らかい。ビニールコーティング
したコイルスプリングだからで、こうすると
衝撃を和らげることができます。クッション
材にはウレタンフォームを使っていて、ここ
がベンツと大きく違うところでした。

これから求められるもの
 そんなことがあってから約一〇年ほどの間
に、自動車シートのつくり方は、大きく変わ
ってきました。ペンツも含め中級車以上が、

ウレタンフォームを使用する傾向へと動いた
のです。しかしそれは、手間を省くためとい
った、経済効率のみの結果ではありません。
ウレタンフォームを使うといっても、単なる
塊として乗せておしまいではなく、比重の違
うウレタンを用いて、部分的に硬さを変える
といった工夫のあるものです。ウレタンフォ
ームを使う場合に問題になる通気性は、下か
らエアーが吹き上がる構造にするなど、解決
方法を各社模索している状況です。
 一方で、メッシュだけを使ったシートを試
作したりしています。オフイスチェアのなか
に、座面がメッシュのみのシートが登場した
ように、自動車のシート(背も座も)も、一
枚のメッシュの布だけでつくるような流れも
あるのです。これは自動車自体の趣向の流れ
の現れで、昔はぼてっとした丸みを帯びたよ
うなデザインの方が豪華に見える、という傾
向がありました。今はよりシンプルに、薄く
軽く、という方向が出てきたというわけです。
地域によっても、好みに違いがあるので、す
べての自動車がこの方向に行くわけではあり
ませんが、一〇年前にはなかったことです。
 また日産を中心に、自動車のインテリアを
住宅のリビングのように、という「ホームユ
ース」にもって行く流れもあります。私は昔
、日産のマーチを、ベージュ色の色調とオレ
ンジ色の木質感の組合わせで内装をし直して、
「インテリアを楽しむための自動車」の提案
をしたことがありました。当時は明るい色の
内装自体、自動車にはありえませんでしたか
ら、メーカーの反応は今ひとつでした。それ
を思うと、隔世の感があります。
 自動車という工業製品を代表するようなも
のは、わが国ではとかく経済効率で製造を考
えがちでした。しかし今、環境問題という永
く深い問題を抱えた私たちの暮しのなかで、
自動車が取組むべきことはたくさんあります。
もはや目先の利益だけでは動けない。同時に
自動車なしの暮しは考えられないのですから、
多くの工業製品の手本になるような取組みこ
そが、今求められているのです。

右上/キャデラック92年のシート。ウレタンの
厚さに注目。ふわっとして、確かに高級そうに見
える。

右下/セルシオ93年のシート。これはまだスプ
リングを使っていた頃のもの。スプリングにビニ
ールコーティングがしてある。

左上/ベンツ300SE89年のシートO詳しい中身
は前頁の図の通り。この当時より型が古いもの
は、だいたい同じ構造である。そこがすごいとこ
ろだ圦現在はウレタンフォームのみになっている。

1989年「ベンツ300SE」のシート構造図

慶応義塾大学の清水浩教授が取組む、電気自動車「エリカ」のシート。川島織物からの依頼で、昨年、開発に携わった。メッシュの張地である。

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