素晴らしい青春徒弟時代 vol.3 10/8/15.
午後1時過ぎ日本橋高島屋に寄り、仏前に桃とコチョウランを買い求め、5・6年会っていない工藤和子さん(親方斉藤巳之三郎の娘で75歳)を訪ねる。
2時頃毛利町二丁目の交差点を曲がった。前方の交差点の角に、和子さんらしき人が目に入った。間違いなかった。彼女の前で車を止め「暫らく」と声をかけた。 「車で来たの」と私が電車で来る事を想定していた様子であった。近くのパーキングに車を入れた。私が戻るまで玄関で待っていてくれ、2階に案内された。亡くなった御主人の描いた油絵と、彼女が楽しんでいると云う、陶芸に囲まれた部屋に仏壇が有り、お参りをさせてもらった。「車で来たから飲めないね。 あんたが来たら、一緒に飲みたいと思って、つまみを作ったのよ」と手の込んだ酒のつまみが、麦茶とともに卓上に並んだ。 彼女が得意だと云う、煮込んだトマトをゼリーで包んだ料理が有った。 どれも美味く、アルバムを前に、半世紀前の出来事を、昨日の事のように語り、胸が一杯になる3時間余りの時を過ごした。
椅子屋としての斉藤家の戦後復興は、中学を出たての私が、徒弟に入った1953年4月から始まったのだ。寝る場所も、作業場所も親方の指示に従い二人で作った。 朝は5時前後人より早く起き、夜は9時前後まで働いた。3歳年上の和子さんは赤坂の料亭で働いていた。11時過ぎに都電の終電で帰ってくる彼女を、門前仲町の電停まで迎えに行った。床に就くのは何時も12時前後になった。 体力があったからだろうか、私の中には苦労したと云う感覚は少ない。同時期を3年間共に過ごした彼女に会うと、新たな勇気を覚える。
素晴らしい青春徒弟時代であったと感謝している。モノ作りに執って困難な課題の多い時代であるが、前向きでさえ有れば、今がきっと素晴らしい時なのだろうと思う。
物語を背負うモノ vol.2 10/8/7.
半世紀余りモノ作りに関わってきましたが、物語を背負ったモノの修理や修復に出会うと、感動と勇気を覚えます。
そこには先人たちの技術が存在し、歴史を積み重ね、物語を語っているからです。モノは生産された事より、存在したこと、存在し続けられる事に大きな価値が有ると思います。
8月7日自分の誕生日を期に、皆さんに愛され「物語を背負えるモノ作り」に挑戦します。
フクロウ vol.1 09/8/19.
このスペースをもらってから何を書こうか色々と迷いました。
屋上の菜園で育ったトマト。出会った人の、現在進行中のプロジェクト。先ずは、屋根にいるフクロウについてに決めました。ミネルバという会社名はギリシャ神話に出てくる女神からとりました。
その聖鳥がフクロウですから、どうしてもシンボルとしてつけて
みたくなったのです。

